お弟子さん制度

過去と未来と今をつなぐ写真についてツラツラと 姉弟子さまに感謝を込めて

お弟子さん制度の姉弟子のやまだようこさんのブログにコメントしたら、そのコメントについての記事がアップされていた。

こちら↓

写真って未来へのメッセージ、と教えて貰った話し。やまだようこ

なんの気なしにコメントしたのだが、なぜかブーメランになり、刺さった。

ようこさん、ありがとうございます。

これはアンサーソングならぬ、アンサーブログ。

写真って未来へのメッセージという側面がある

と私は言った。

写真を撮ろうと思う瞬間ってどんな時か?と訊かれたら・・・

♡記念に
♡思い出に

という場合が多いと思う。もちろん報道写真のような事実や証拠を残すものあるが、ここではあくまで個人的な写真を指したいと思う。

じゃ、記念や思い出を残したいと思う瞬間はどういう時かと問われれば、今この瞬間を忘れないでいたいからとか、楽しいからというポジティブな瞬間がほとんどだと思う。

その瞬間を切り取って『後で』つまりは未来でもう一度楽しみたいからだ。

まぁ「なんの気なしになんとなく」と言う場合もあるとは思うが、それも潜在的に今この瞬間に『何か』があるから写真を撮るのだと思う。

その切り取った瞬間をみて、その時の感情や想いや匂いまでも蘇ることだってある。

今この瞬間が幸せでなかったとしたら、その切り取った瞬間を見て悲しくなったり苦しくなったりするもんだ。

その切り取った瞬間の自分はこんな未来を想像していなかったと。

過去の『楽しかった』瞬間は今の自分へのメッセージを伝えてくる。

今ふと思ったが、逆も然りだ。撮られたくもない写真の場合もあるな。

「この時は苦しかったけど、今は幸せだ」と写真の中の自分に「大丈夫だぞ!そこから抜け出せる」と言えることもあるだろう。

結婚式の写真を笑顔で見られる日まで

先日物置を片づけていたら結婚式のアルバムが出てきた。

若い~じさまが歩いている~じいじも元気いっぱいだ~

と色々な感想を言いながら子どもたちと眺めていた。

そこでふと思い出した。

私は最初、結婚式の写真を取らない、残さないと思っていた。必要がないと。もしかしたら撮りたくなかったのかもしれない。

そんな話を何人かの人にしたら、二人だけ強固に「それはダメだ。写真は撮らないとダメだ」といった人たちがいた。

一人は結婚式を挙げる教会の牧師先生。

もう一人は私の勤務先の社長だった。

牧師先生がなぜそんなことを言ったのかは記憶にないが、社長の方は今でもよく思い出す。というか今だから思い出せる。

社長はこう言った。

「写真は抑止力になる。この先結婚生活に行き詰ってしまうかもしれないけど、そんなときに結婚式の写真を見ると、「ああ、たくさんの人に祝福してもらったな。この時は本当に幸せだった」と思うんだよ。だから離婚しないでおこうと思う時が来るよ」と。

これから結婚しようとする人に面白いことを言う人だとも思ったが、そんな未来が来るのだろうなとも思っていた。

だから写真を撮ることにした。でもプロには頼まなかった(笑) 写真を撮るのが趣味という友人に頼んだ。スナップ写真だけ。

そして、今あの時の自分からのメッセージはなにもない(笑) まだこちら側に受け取る準備ができていないようだ。

今はもちろん幸せだ。でも今の結婚生活が手放しで幸せかと問われれば答えに窮するんだよね。

過去と今と未来が一直線に並んでいるなら

時間はずっと進んでいる。止まることはない。

今この瞬間でさえ、過ぎてしまえば過去で、すぐ先だった未来に今いる。これは不変だ。いままでも、そしてこれからも変わることはない。

切り取られた瞬間の過去の写真は、自分の過去に残されているようで、実はくっついてきている。振り返ればそこにある。

過去と今と未来が一直線上にあるなら、過去に背を向けて、未来に向かって歩いていることになる。

過去は背中にある。あの切り取った瞬間がもし、輝いているのであれば、今いるここに足元を照らしてくれていて、そして今から行く未来も照らしてくれている。

じゃ、輝くような過去がなかったら、足元真っ暗、お先真っ暗なのか?と言ったらそうでもないのではないかと思う。

本当に輝いている過去がないのだろうか? 輝いていなかった、光っていなかったと思い込んでいるだけじゃないのだろうか?

今ここに立って、振り返って強力な懐中電灯で照らしたら、ピカリと光る瞬間があるのではないのだろか? それをあの時切り取ってきたんじゃないのだろうか?

きっとあるはずだと信じている。

・・・・・・。

そうじゃないかな?

たぶんね。

しらんけど。